神田川〜大曲〜安藤坂へ、暖かく成りましたら再度の散歩コースかも【社長さん散歩記事から】 

社長さん散歩:昔懐かしフォークソング:小さな石鹸カタカナ鳴った〜で有名になりました「神田川」の川沿いを某交差点で春日通りに出ます曲がり角「大曲:オオマガリ」と言います。今日はその大曲から歩き始めます。

【安藤坂を登りましょう】

神田川を越え、首都高速5号線の高架下を過ぎ「大曲交差点」から、

徳川家康の生母「於大の方」が祀られていることで有名な「伝通院」へと向う坂です。

下は安藤坂の中程から、今登ってきました大曲の交差点を眺めている写真です。急な坂ではないのですが、「ダラダラ坂」の」方がかえって疲れるかもしれませんね。

              

その丁度中程の交差点付近の信号機の看板です。坂の頂上の「春日通り」まで残りの坂は”あと半分”

              

   

安藤坂の中頃にはこの近辺では「初の分譲マンション」だったと思います、 「安藤坂東方マンション」があります(下の写真)築年数は結構経過していますが、今でも高級感溢れる佇まいを感じます。

              


此処で少々昔話なんかを!、、その昔、私がまだ若かりし頃(小学生の頃)此処は「原っぱ」でした。また、通称この原っぱは、崖下と呼ばれていました。
何故か?

原っぱ奥には文京区立第3中学校の校庭があるのですが、何とその校庭の場所は「崖の上」の位置にあり、子供たちの間ではその様な名前が付いたのだと思います。
お子様達(当時の悪がきども・自分も含む)の格好の遊び場でした。当時の懐かしい友との会話・・

「おい学校終わったら崖下に行って野球やろうぜ!!」野球・缶けり・夏休の宿題の定番「昆虫採集」等々格好の場所でした

『話戻します・・』

名前の由来は坂の西側に「安藤飛騨守の上屋敷」が有ったということで、この名が付けられたと言われております。

また町内の「境目」は道路などにより区切られますが、我が地元の春日1丁目と2丁目との境は、この安藤坂により区切られています。

『お疲れさまでした!』

安藤坂の頂上、春日通りへと出て参りました。正面は「伝通院」の正門。あの徳川家康公の生母「於大の方」が祀られています。

               



因みにですが春の桜の季節ともなりますと👇 このような風景が楽しめる、かと思います。

                 
 

『交通標識を眺めてみます』

左=大塚、茗荷谷駅方向・右=上野、後楽園駅方向さて、どちらに行こうかかな」?次回をお楽しみ!

              





【この記事を書いた人】
エイセンハウス有限会社 代表 岡野茂夫
1952年生まれ。東京都立向ヶ丘高校卒業と同時に家業の和菓子店「岡埜栄泉(おかの_えいせん)」に入店。和菓子職人の修行の道に入る。1986年頃から春日通り収用計画(道幅拡幅工事)に因り和菓子店も建直しを余儀なくされる。新築する建物に“賃貸住宅併設計画“をした為”宅地建物取引士“の資格取得を目指す。1987年、資格を取得と同時にエイセンハウス有限会社(商号は「岡埜栄泉」のエイセンから)設立。平成7年和菓子店「岡埜栄泉」は閉店し不動産業に専念し今日に至る。

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